道修町のシャルトリューズ・ヴェール

seoul, Korea, 2002

ウェブページの色指定は、このページのように白い背景色であれば “#ffffff” というように16進数で指定する。薄緑色の背景色であれば “#ccff00” である。これでは良く分からないのでカラーネームでも指定できる。白なら “white” 、薄緑色であれば “chartreuse” である。たいていは欧米の固有名詞があてられているので、アジア圏のユーザーにとっては分かりやすさという点では大差ない。この薄緑色をあらわす “chartreuse シャルトリューズ” は、フランスで生産される薬草ベースのリキュールの名前である。

この時期は官公庁業務の年度末のため、納期が重なり平穏に過ごせたためしがない。ようやく目途はついたので蓄積された苦々しさを強いアルコールで流したいところだが、体も弱っているのでスパイシーでハーブの香り豊かなシャルトリューズのような薬草酒の水割りにする。このシャルトリューズは、もともと中世にカトリックのカルトジオ会修道院で生命を維持するための霊酒というか秘薬として開発されてきた歴史がある。現在も薬草の配合レシピは3人の修道士以外は秘密であるらしい。ベネディクト会の開発したベネディクティンDOMの歴史は1510年に遡る。といっても決して特別な酒ではなく、カクテルを出すバーであればどこでも置いている。薄緑色のverteヴェールと琥珀色のjauneジョーヌがあるが、”#ccff00″ が指しているのはヴェールの方である。

仕事場の近くのバーに立寄り、シャルトリューズ・ヴェールを頼んだ。その緑色の液体の入った壜の隣には、cointreau コアントローの壜が並んでいる。コアントローもフランス製のオレンジの果皮から作られるリキュールである。コアントローは普通、ウォッカやソーダで割ったカクテルとして飲まれる。このリキュールは、正確にはホワイト・キュラソーといい、お菓子用のリキュールとしても一般的である。チョコレートと生クリームを混ぜ合わせたものをガナッシュといい、コアントローで香りづけをしたものはガナッシュ・オー・コアントロー。丸いショコラをナイフで切ると入っている柔らかい部分である。コアントローはトリプル・セックというぐらい辛口なので、お菓子に使う場合オレンジピールで仕上げるとうまくいく。

キュラソーというアルコールはもともと、カリブ海に浮かぶオランダ領のキュラソー島で取れるオレンジの乾燥果皮から作られていたので地名がそのまま名称になった。このバーがある道修町には製薬会社の本社がいくつもある。近世からもともと薬種仲買商が集住していた地区である。オレンジピールは漢方では陳皮といい、唐薬問屋のあった道修町でも扱われただろう。15年ものの陳皮は朝鮮人参より高価とされているので、ヨーロッパのようにお菓子として用いられることはなかったであろう。ミカンもある時はお菓子だったり、薬だったり、香水だったり、エセンシャルオイルだったりと忙しい。パトナーでオレンジを買った時、あまりにも日本のみかんと同じなので何かの間違いと思った。調べてみるとインドのあたりが原産で、最初に移植されたのが紀州の橘本神社であり、ミカンの昔の名前は橘(たちばな)であった。

読みかけの『ラ・キュイジーヌ・クレオール』を取出し少し読んだ。ラフカディオ・ハーンはこれをクレオール文化の色濃いニューオーリンズで書いたが、キュラソー島と同じカリブ海に浮かぶフランス領マルティニーク島にも二年滞在した。ハーンはギリシアで生まれニューオーリンズを経て、日本に来た。”sea” 海を厳密に定義すると、島々や半島の連なりによって緩やかに囲われたエリアを指し、”bay” 湾や”ocean” オーシャンとは違う。形状にも広がりにも富んだ海域は世界に三つあり、地中海とカリブ海と東~東南アジアの海域である。ハーンの軌跡を追うとその三つの海を移動している。中心や大陸ではなく、波打ち際や群島的なあり方へのハーンの指向を感じる。

本の最初の方にエビやオクラを使った辛口のスープとある。ゴンボがどんな料理なのか、ひじょうに気になる。最近は食欲も減退気味であったが、やはり書評にあったように、本を読んでいると何か食べたくなった。道修町のバーを出てノースエリアの下町にシビレと呼ばれる膵臓を、つまりグレンスを食べに行った。(2017.11.23)

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