コンチェッスィオナーリオ・イン・トーキョー

Mekon Delta,Vinh Long,Vietnam,2002

昨日仕事で東京に行った帰り、教えて貰ったウェブサイトで紹介していたサンタ・マリーア・ノヴェッラ薬局に寄りました。外苑前にあります。薬局といっても実際は、香水、石鹸、ハンドクリーム類を扱うショップですが、その起源はフィレンツェの13世紀のフィレンツェのドミニコ会修道院に遡るとのことです。この薬局をはじめて知ったのは、アジアを偏愛する者として当然のことながら、フィレンツェを訪れて知ったのではありません。『ハンニバル』という小説で知りました。『羊たちの沈黙』の続編です。主人公のレクター博士は、フィレンツェに逃亡しこの店を愛顧にしています。FBI心理捜査官クラリスは、博士から送られた封筒に微かに漂う匂いからサンタ・マリーア・ノヴェッラ薬局を割り出し、博士がフィレンツェに居ることをつきとめます。

こじんまりとした小さな店ですが、寄木細工のフロアや正面の木のカウンター、壁面ケースのディスプレイ等、内装は歴史を感じさせとても凝っています。他にお客さんはおらず、かなり敷居も高いような気もしますが、関西はこうした店も多いので違和感はありません。店内にはやはりオペラのアリアが流れています。この小説で知った人にとっては、ここに流れる音楽はグレン・グールドのゴールドベルク変奏曲がぴったりくるでしょう。同じ小説の映画で博士が登場する時に流れる音楽です。55年に録音したものと81年に録音した2種類がありますが、この空間には間を取った81年盤の方が似合います。店では、この薬局独特の香りが空気中に漂っています。博士もそれを描写してますが、上質な自然成分の微妙な香りが、何重にも重なって、それでもシルキーな・・・、具体的な表現は難しいのでここでは止めときます。

ここでアルメニア紙という商品を買いました。火をつけて燃やし、部屋の匂い消しと香りづけを目的とした紙片です。赤い小さな箱にはロットナンバーが振ってあり1502番と書いています。火をつける前はミモザの香りと聞きましたが、イメージしたのはコロニアルホテルに入った時の匂いです。箱根の富士屋ホテル、上海の和平飯店、香港のペニンシュラ、バンコクのオリエンタル、ハノイのメトロポール、そしてマニラホテルの匂いです。

新幹線に乗る前に、まだ少し時間があったので丸の内や汐留に現在建設中の新しいオフィスビルを見て廻りました。何か東京は都市として新しい段階に入ったように感じました。富と利潤を追求する力強い流れとエネルギーが依然としてあり、目に見えるものも目に見えないものも、どれも人間のスケールを超えたものであり、この街で住む人達への危惧を感じています。同時に一部の人達に開かれたサンタ・マリーア・ノヴェッラや東京駅近くのフォー・シーズンのようなクローズドな空間はこれから増えていくでしょう。

「皿のうえでお燃やしください。」

深夜、大阪に着き家に戻り煙草を吸うかわりにアルメニア紙を燃やしてみました。火によって少し煤けたその匂いは、昔のインドやガンダーラからエルサレムに繋がりアレキサンドリアを通ってローマに到るような、奈良やシーアンから始まる一本の道を想像させます。アジアでもヨーロッパでもない匂いです。(2017.11.10)