2006年4番目にアジアで発生した台風の名前は “Linfa” リンファ、マカオでは蓮という意味だ。そのリンファが去り際に、人のざわめきや街中に漂う塵や埃を一緒に連れ去って、とても静かな夜が出現した。壜の中の空気を抜き出すことは比較的容易だが、そこにつくりだされた真空状態のように、澱を完全に抜き去った透明度の高い夜だ。
古いボルドーの壜の底を見ると、中央部が大きく円錐状にへこんでいる。長い年月をかけてワインは透明な水と赤褐色の澱に完全に分離する。その経過で発生したタンニンや酒石酸などの澱はこのボトル表面と円錐下部の間に出来た溝に降り積もって行く。
銀河もミルキーウェイと言うように、無数の星からなる澱の流れであり、ワインの澱のように、夜空に長く横たわっている。ほとんどの星はガスや水素が重力に引き寄せられて出来ており、中心部の核融合により輝いて見える。ところどころ見える星雲もガスやスターダストの混合物であり、重力のバランスによって星になったり、散らばって星雲になったり、再びその中から星が生まれたりする。
数ヶ月前に一通のメールが来て、12月の連休にでもフィリピンに来ないか、何年もなかったperfectな凪が起こるだろうと書いてあった。時間が夢であるならば、きれいに降りてしまった澱をもう一度混沌に戻すことも可能だろう。バルナックのライカで撮った滑らかなトーンのように、ボードレールの詩や完全なコンディションのラフィット・ロートシルトように、その時しかない時間が再び訪れる。ただ現実は夢ではないと確信できるので、そこをもう一度訪れることはないだろう。
よく晴れた夜、少し高い砂浜からビーチを見下ろす。少しでも風があれば、海面に波が立ち、水の底は見えない。わずかな波紋でも水の底は見えない。風がなくても波が強ければ、白砂が澱のように舞い、海底を見通すことはできない。沖縄の漁師が言うような完全なナギがあるのならば、月の光は海底のサンゴが砕けて出来た白い砂地、薄い桃色や紫の造礁サンゴ、亜熱帯のクマノミやスズメダイ達の姿を照らし出す。ありえないことだが、地球上のどの一ヶ所も風が吹かないならば、究極のナギとなり、星の光でさえもアンダーウォーターの世界を鮮やかに映し出すだろう。
生きているうちに意識のなかで夢の場所というか原郷というような場所ができ、その場所の方が元からいた場所のような気がしてくる。だからいまの場所が生まれ育った場所であろうとも、一人のディアスポラとして原郷から離れ、その場所に居続けることができるし、神でも悪魔でもその場所との距離を永遠に測り続ける。
Fatal error: Allowed memory size of 209715200 bytes exhausted (tried to allocate 41160704 bytes) in /home/mayuhama/mayuhama.net/public_html/dagatasul/wp-includes/comment-template.php on line 2101