サンドベージュのヴォルドニュイ

milkyway/NASA

今年の連休は何をしたという記憶もないが20年前に読んで分からなかった本をもう一度読んだ。まだ理解は途中であることも分かったが、『夜間飛行』という本は何よりも飛行の描写に惹かれる。同名の香水、ゲランのvol de nui 夜間飛行はこの小説のイメージを基に調香された。作者の友人ジャック・ゲランがこの小説をどのようにイメージして調香したか興味がある。よく言われるような飛行への憧憬とかオマージュではなく、もっと具体的な飛行のディテールをイメージして調香したはずだ。

機上から見る黄金色に染まる草原のトワイライト。急速にそれを呑みこんでいく夕闇のグラデーション。連峰を越え雷鳴の響く雲の厚みに囚われ乱気流に降下する。パタゴニア機は深く堕ちながら旋回し、微かな切れ間に命運を賭け上昇し星だけが輝く静溢な雲の平原を進む。ゲランのサイトでこの香水の成分を調べると、トップがベルガモット、ミドルがガルバヌム、ラストがウッド、スパイス、水仙、アイリス、バニラとなっている。連峰の上空飛行、濃霧の中の上昇と急降下。全ての成分が明かにされるわけではない。これ以外にも星空への幻惑を表現するために麝香、龍涎香、霊猫香の動物性香料あるいは香木を使っているだろう。

この本に登場するリヴィエールが夜間飛行の必要性を説いたように、夜の移動は効果的だ。夜の飛行機は夜景が美しいので好きだが、コストがかかるので現実には陸路の移動となる。何年前かの5月に、中国に行った時はすでに充分働いていたので特に倹約する必要もなかったが、夜間飛行ではなく、夜間陸路で移動した。明るいうちは黄河沿いの写真を撮り、夜になると宿泊代と時間を倹約するために無許可の小さなバスで移動した。500㎞ぐらいの距離を選ぶと夜明けに着くので丁度良かった。黄河の特徴的な蛇行にあわせて移動した。ルオヤンからジョンジョウまで戻り飛行機に乗ると、夕暮れに反射する黄河が眼下に見えた。アイレベルで見た黄河とはまた違っていた。しばらくするとチンタオに向かう小さなプロペラ機は完全な夜間飛行となった。

今年の初め、宇宙の色は緑がかった薄いブルーであると米天文学会で発表された。最近になって約20万個の銀河の解析結果から宇宙の色は白に近い薄いベージュだと訂正された。急速に沙漠化するサンドベージュの大陸を横断してみると宇宙の色がベージュであっても不思議には思わない。何もかもが黄砂に覆われていくのならそれはやはり宇宙的だろう。黄河沿いではどこにいてもサンドベージュのパウダーに包まれて、柔らかい粉が鼻腔をくすぐった。夜の奥底に深く降下し、雷鳴を聞きながら上昇し、星の世界に抜ける夜間飛行という香水のコントラストは陸路の旅にはふさわしくない。陸路のヴォルドニュイがあるとしたなら、サンドベージュの銀河をイメージさせる柔らかな夜の匂いであったらと思う。サンテグジュペリとゲランが70年前に描いた夜間飛行のヴィジョンを追いかけるような。 (2017/11/10)

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